
<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(2)
西川 阿舟
完了存続の助動詞「り」 美しき緑走れり夏料理 星野立子
有名な星野立子の代表句であるが、傍線部の「り」はかなり難しい助動詞である。「り」は動作が完了しその状態が存続していることを表すので、完了存続の助動詞といわれ、四段活用とサ変動詞の命令形(サ変は「せよ」の「よ」を除いた形)にのみ接続する。
命令形に接続するとは変な話だが、もともとは四段・サ変動詞の連用形に「あり」がついた、例えば「走りあり」が縮められて「走れり」となり、その中の「走れ」までは動詞の活用のうちとし、「り」は助動詞として扱うようになったものであり、「走れ」が命令形と同じ形なので、便宜上命令形に接続すると文法書には説明されている。
上二段・下二段の連用形には「たり」がつくのが原則であり、「り」がつくことはない。
「り」の活用はラ変動詞型であるが、主として終止形と連体形のみが使われる。
基本型 未然 連用 終止 連体 已然 命令 り ら り り る れ れ 『俳句』十一月号に「推敲」に関する特集があり、冒頭の立子の句は、初案では
美しき緑流れり夏料理
であったという記事が出ていた。しかし「流る」は下二段活用の動詞であり、「流れり」は間違いだ。立子は最初は間違えていたが、推敲の結果「走る」という四段活用の動詞を使い、「走れり」として名句を得たということになる。
では次の句はどうだろうか。
秋の燈や勝利の美酒に酔ひ痴れり
海苔干し場新聞少年駆け抜けり
打ち水をして一献を傾けり
落椿汚れぬまゝで朽ち果てり
この四句の傍線部(編者注:「酔ひ痴れり」「駆け抜けり」「傾けり」「朽ち果てり」に傍線)の動詞は全て下二段活用であり、「り」に接続するのは間違いである。下二段の連用形は四段の命令形と同じように、え段になるため、「り」に接続しても一見違和感がなく、こうした間違いが生じやすい。事実この間違いは初心者に限らず数多く見受けられる。この間違いを訂正するには他の完了存続の助動詞「ぬ」「つ」「たり」、あるいは回想の助動詞「き」(連体形は「し」)などに接続すればよい。
口直しに助動詞「り」を正しく使った名句を。
山河はや冬かがやきて位に即けり 飯田龍太
立冬のことに草木のかがやける 沢木欣一
紅葉せり何もなき地の一樹にて 平畑静塔
龍飛岬鷹を放つて峙てり 大久保橙青
口に袖あてゝゆく人冬めける 高浜虚子
形容詞の活用に「けり」はない 大試験横目使ひもむなしけり
野分まで弱々しけり田は不作
この二句の「けり」は何だろうか。形容詞の活用は表2のようになるから、「けり」という活用語尾はない。
では回想の助動詞「けり」だろうか。助動詞「けり」は原則として動詞にしか接続しない。形容詞に接続するにはカリ活用(「かり」は「くあり」の縮まったもので動詞的に働く)の連用形について、例えば「むなしかりけり」「弱々しかりけり」となる。従ってこの二句の「けり」は誤用であり、間違いというしかない。連用形のつもりなら「むなしかり」、「弱々しかり」とすべきだろう。
種類 基本型 未然 連用 終止 連体 已然 命令 ク活用
高し ○ く し き けれ ○ カリ活用
から かり ○ かる ○ かれ シク活用
むなし ○ しく し しき しけれ カリ活用
しから しかり ○ しかる ○ しかれ また已然形「けれ・しけれ」は係り結び的に使われることが多い。
元旦は田ごとの日こそ恋しけれ 松尾芭蕉
ラガー等のそのかちうたのみじかけれ 横山白虹
こういう「けれ」の例が多いので、「けり」もあるかのように錯覚してしまうことが多いのだろう。
このミスを犯さないためには、形容詞の活用に「けり」はないということを認識するしかない。初学の頃には頻発するミスだが、これが間違いと知った後は二度と間違えることはない、と断言してもいい。
次は形容詞カリ活用の連用形を正しく使った名句である。
スワン来る沼あり村の貧しかり 依田秋葭
鰤が人より美しかりき暮の町 加藤秋邨
菊枯れて枯れてあとかたなかりけり 久保田万太郎
(『玉藻・四季物語』誌、2003年1月25日号所載)
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