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<『花月記』番外篇>

言葉つれづれ(4)

西川 阿舟

歴史的仮名遣いは難しくない

 前号では、文語体は歴史的仮名遣いでなければ書き表せない、そして歴史的仮名遣いならば口語体も書き表すことができることを書いた。

 そうはいわれても歴史的仮名遣いは難しいという人がいるかもしれない。勿論易しくはないが、それほど難しくもないのだ。現代仮名遣いと違ってくるのは〈イ、ウ、エ、オ、ワ、ジ、ズ〉の七つの音が出てきたときだけなのだから。

 歴史的仮名遣いではイ音は「い」か「ひ」か「ゐ」の仮名で表され、ウ音は「う」か「ふ」、エ音は「え」「へ」「ゑ」、オ音は「お」「ほ」「を」「う」「ふ」、ワ音は「わ」「は」、ジ音は「じ」「ぢ」、ズ音は「づ」か「ず」の仮名で表される。詳しくは文末の参考文献などを見ていただきたいが、これら七音が出てきたら先ず辞書(国語辞典)を引いてみればよい。『広辞苑』でも『新明解国語辞典』でもいい。普通の辞書には歴史的仮名遣いがでているし、『岩波現代用字辞典』などには巻末付録として「歴史的仮名づかい早見表」がある。

 僕は俳句を始めたときからほとんど全ての句を句帳に書き留めている。最初の句帳(約五百句)には仮名遣いの間違いがかなりあるが、二冊目からはほとんど見受けられない。いささか乱暴だが、五百句も作れば歴史的仮名遣いを間違うことはなくなるといえるだろう。しかし誤解しないでいただきたい、辞書はしょっちゅう引いています。

 その頃の仮名遣いを間違えた句を添削してみよう(以下添削した語は太字に)。

@

おちこちに焚火の煙山の宿

をちこちに焚火の煙山の宿

A

何故かこう人の集まる焚火かな

何故かかう人の集まる焚火かな

B

噴水の向こう待ち人現れぬ

噴水の向かふ待ち人現れぬ

C

絡みあい餌喰う鰻猛々し

絡みあひ餌喰ふ鰻猛々し

D

ぽんぽんと叩ひて西瓜買ひにけり

ぽんぽんと叩いて西瓜買ひにけり

E

露草の花びら閉じて午の庭

露草の花びら閉ぢて午の庭

F

油蝉幹震わせて啼いており

油蝉幹震はせて啼いてをり

G

氷柱折って少年の日を偲びけり

氷柱折つて少年の日を偲びけり

H

サーファーの五六人いて秋の浜

サーファーの五六人て秋の浜

 

 以上、ひどい俳句だが歴史的仮名遣いにはなった。ちょっと注をつければ、@遠いという意味のオチは「をち」、遠方は「をちかた」。Aの「かう」は「かく」のウ音便。B「向こう」は「向かひ」の音便で「向かう」とする説もあるが、「向かふ」のまま名詞化したという説をとった。

 C「絡みあふ」「喰ふ」はハ行四段活用。ハ行で活用する動詞は多い。D「叩いて」は「叩きて」のイ音便、「叩ひて」は間違い。「買ひ」はハ行四段活用「買ふ」の連用形であり音便ではない。E「閉ぢ」はダ行上二段活用「閉づ」の連用形。

 F「震は」はハ行四段活用「震ふ」の未然形、使役の助動詞「す」の連用形「せ」に接続している。存在の意味のオリは「をり」、ラ行変格活用の終止形。G「折つて」は「折りて」の促音便。促音の「っ」、拗音の「ゃ、ゅ、ょ」など小さい字は歴史的仮名遣いでは使わない。

 H外来語は音をそのまま転写する「音写」であって、現代仮名遣いと同じように、「サーファー」「ニューヨーク」「ショッピング」など促音や拗音の小さい字も使う。存在のイルは「ゐる」、上一段活用動詞であり、「ゐ」は連用形。

 これだけでは歴史的仮名遣いのほんの一部を説明したにすぎないが、難しい問題はさほど残っていない。とにかく〈イウエオワジズ〉の音が出てきたら辞書を引くことだ。

 歴史的仮名遣いには和語(大和ことば)の仮名遣いのほか、漢字の音読みの字音仮名遣いがある(蝶々を「てふてふ」、竜胆を「りんだう」、郭公を「くわくこう」という仮名で表すたぐい)。それについては次の機会に譲るが、字音を仮名で書こうというときも辞書を引くことである。

【参考文献】

(『玉藻・四季物語』誌、2004年8月1日号所載)

【関連頁】

 言葉つれづれ(3)

 言葉つれづれ(2)

 言葉つれづれ

 踊る阿呆

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