<『花月記』番外篇>

言葉つれづれ(5)

西川 阿舟

紅葉且つ散る

 「紅葉且つ散る」という季語がある。紅葉しつつ散るという意味だが、俳句を始めてこの季語に出会った時、ひどく違和感を抱いた記憶がある。

 辞書を引くと、「且つ」は副詞で〈一方である動作・作用が行われると同時に、他方でも一つの動作・作用が行われるの意〉(『岩波古語辞典』)とある。「飲み且つ喰う」、「笑い且つ泣く」のように、動詞と動詞の間に「且つ」があればわかるのだが、「紅葉」という名詞と「散る」という動詞の間に「且つ」があると思うから違和感が生じたのだ。

 「紅葉且つ散る」の「紅葉」ははたして名詞なのだろうか。『岩波古語辞典』を引くと先ず動詞として説明されている。〈奈良時代にはモミチと清音で四段活用、平安時代に入って濁音化し、上二段活用〉とある。ダ行上二段活用の動詞「もみづ」は次の表のように活用する。

基本型

未然

連用

終止

連体

已然

命令

もみづ

づる

づれ

ぢよ
     

 「紅葉且つ散る」の「紅葉」は、上二段動詞「もみづ」の連用形「もみぢ」であると考えて、私の違和感は解消した。恐らく「紅葉且つ散る」という慣用句ができた頃の「紅葉」は動詞だったのだろう。もともと「紅葉且つ散る」と「飲み且つ喰う」は同じ語法なのである。

 もちろん今では「紅葉且つ散る」の「紅葉」が名詞として使われている例も多い。

   一枚の紅葉且つ散る静かさよ      高浜 虚子

  且つ散りて紅葉筏となりゆくも     有山八洲彦

「もみづる」という四段活用動詞は存在しない

  祖谷はもう秘境といへずもみづれる   桑田 青虎

  みづうみのいろくづ鮒ももみづりぬ    森  澄雄

  もみづれる木にターザンの忘れ綱    服部たか子

 これらの句にも違和感があるが、それは「もみづれる」と「もみづりぬ」から来ている。こんな言葉があるだろうか。

 これらの句の作者たちは、「もみづ」という上二段活用の動詞を、「もみづる」という四段活用の動詞であると勘違いして使っているようだ。上二段動詞「もみづ」の連体形は「もみづる」であるが、「もみづる」が終止形の四段動詞は実際には存在しない。

 一句目と三句目の「もみづれる」は架空の四段動詞「もみづる」の命令形「もみづれ」に、完了存続の助動詞「り」の連体形「る」が接続した形になっている。二句目の「もみづりぬ」は架空の動詞「もみづる」の連用形「もみづり」に完了の助動詞「ぬ」が接続した形だ。いずれにしても誤った語法である。

 著名な俳人でもこのような間違いをすることがあるのだ。しかもこの三句はいずれも歳時記の例句として載っているのだから困ったものである。因みに一句目は『ホトトギス新歳時記』改訂版稲畑汀子編三省堂、二句目は『現代俳句歳時記秋』角川春樹編ハルキ文庫、三句目は『新版・俳句歳時記』第二版桂信子ほか監修雄山閣、から引用した。

 架空の動詞「もみづる」を使った句は『玉藻』にも散見される。秋の紅葉シーズンを迎えるにあたって注意したいものだ。 

   @前山のどこからとなくもみづれる

   A紅葉づりて雨にけむるや高尾山

 仮に僕が作った悪例句だが、太字部分の架空動詞「もみづる」に替えて、上二段動詞「もみづ」やサ変動詞「紅葉す」を使って訂正してみよう。

   @前山のどこからとなくもみぢたる

「もみづ」の連用形「もみぢ」に完了存続の助動詞「たり」の連体形「たる」をつけて連体終止とした。

   A紅葉して雨にけむるや高尾山

「紅葉(もみ)ぢて」では字足らずになってしまうので、サ変動詞「紅葉す」の連用形「紅葉し」を用いた。

 次の句の「もみづる」は「もみづ」の連体形でありもちろん正用である。

   水漬き枯るる木免れてもみづる木     富安 風生

   一山のもみづる中の読経かな       星野  椿

(『玉藻・四季物語』誌、2004年11月1日号所載)

【関連頁】

 言葉つれづれ(4)

 言葉つれづれ(3)

 言葉つれづれ(2)

 言葉つれづれ

 踊る阿呆

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