<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(6)
西川 阿舟
◆ 音 便 貸ぶとん引つぱりあふて寝たりけり 森川暁水
この句の青字部分はウ音便であり、「引つぱりあうて」となるべきところだが、間違えて「あふ」となってしまっている。この句は『現代俳句歳時記』(角川春樹編ハルキ文庫)の例句にあるのだが、前回もいったように歳時記の例句に語法や仮名遣いを間違えた句があるのは困ったものだ。この歳時記は、例句として古典から現代に至るあらゆる流派の俳人の名句が採用されているので、筆者は愛用しているのだが、極めて残念なことである。
それはさておき、今回は音便について考えて見たい。音便とは、発音しやすいように音が変化することで、動詞、形容詞、助動詞などに表れることが多い。音便には〈撥音便〉〈促音便〉〈イ音便〉〈ウ音便〉の四種類がある。
◇ 撥音便 春の水獺(をそ)の潜(かづ)けば黄となんぬ 阿波野青畝
鳥雲に入り終んぬや杏花村 高浜虚子
生栄螺しこしこ噛んで夜の怒濤 鈴木真砂女
これらの句の青字部分が撥音便であるが、「なり」→「なん」、「終り」→「終ん」、「噛み」→「噛ん」と連用形が変化して音便となっている。撥音便は仮名遣いや表記の上で間違いが生ずることはない。
◇ 促音便 畑打や池田の鯉を手捕つたり 山口誓子
初花やななめに降つて山の雨 草間時彦
これも「手捕り」→「手捕つ」、「降り」→「降つ」と 変化して促音便となっているが、歴史的仮名遣いには小さい「っ」はないので、それだけ注意すればよい。
◇ イ音便 ゆるゆると児の手を引いて春の泥 杉田久女
書を置いて開かずにあり春火燵 高浜虚子
野を焼いて今日新たなる雨降れり 渡辺白泉
これらの青字部分は全てカ行四段活用の動詞の連用形が変化したもので、「引き」「置き」「焼き」→「引い」「置い」「焼い」となっている。イ音便も問題ないかに思えるが、「置ひて」「焼ひて」とわざわざハ行に間違える例が多いので注意したいものだ。また
物置けばすぐ影添ひて冴返る 大野林火
のようなハ行動詞の連用形はイ音便ではないので、「添いて」としないようにしたい。
◇ ウ音便 芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏
秋燈を明うせよ秋燈を明うせよ 星野立子
腕白う伸べて春眠覚めやらぬ 日野草城
あたゝかや雨戸の車替ふるべう 飴山 實
世を恋うて人を怖るゝ余寒かな 村上鬼城
壬生狂言うなづき合うて別れけり 岸風三楼
一句目から三句目までは形容詞の連用形が、「正しく」「明く」「白く」→「正しう」「明う」「白う」と変化している。四句目は助動詞「べし」の連用形が、「べく」→「べう」と変化したものだ。五句目と六句目はハ行動詞の連用形が、「恋ひ」「合ひ」→「恋う」「合う」と変化したものだが、これは要注意、「恋ふて」「合ふて」とならないようにしたい。冒頭の暁水の句がこの間違いを犯している。以前『俳句』にある結社の選者が〈「ふて」は採らない〉と書いていたのを記憶しているが、「…ふて」となる語法はないのである。
最後に
泣いてゆく向ふに母や春の風 中村汀女
壬生の鉦打てるはいつも向うむき 後藤比奈夫
この二句の青字部分はどちらが正しいのだろうか。歴史的仮名遣いは現在でも研究の結果を踏まえて改正されてきているが、この名詞の〈ムコー〉については二つの説があって未だに決着が付いていないという。例えば『日本国語大辞典』(小学館)には〈動詞「むかう(向)」の終止形・連体形の名詞化した語とみて、歴史的かなづかいは「むかふ」とするが、他に連用形「むかい(むかひ)」のウ音便形とみて「むかう」とする説もある〉とある。『新明解国語辞典』(三省堂)は〈雅語動詞の終止形「むかふ」の名詞用法〉だから「向ふ」だと言い切っている。また『広辞苑』(岩波書店)には〈ムカヒの音便。またムカフの転とも〉とあって、「向う」を採っている。従って今のところ、「向ふ」「向う」いずれが正しいとも、いずれが間違っているとも言い切れない。
(『玉藻・四季物語』誌、2005年4月1日号所載)
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