<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(9)
西川 阿舟
◆ 推量の助動詞「む」 助動詞「む(ん)」は推量、意志、婉曲などの表現に用いられる。
わが死後も寒夜この青き天あらむ 加藤 楸邨(推量)
旅人と我名よばれん初しぐれ 芭蕉(意志)
ふるひよせて白魚崩れんばかりなり 夏目 漱石(婉曲)
この「む」が音転して口語助動詞の「う」ができたという、
◆口語助動詞「う」「よう」 声よくばうたはうものをさくら散(ちる) 芭蕉
寒からう痒からう人に逢ひたからう 正岡 子規
これらの句の傍線部が、推量の助動詞「む」が転訛した口語助動詞「う」である。しかし「う」は中古末期から使われていて、芭蕉も使っているように単なる現代口語ではない。文語助動詞の活用表には通常掲載されていないが、平安時代からあった語なのだから、文語として活用表にも入れた方がいいくらいだ。特に俳句の鑑賞や実作のためには文語として考えたほうがいい。
「う」からは中世末期に「よう」という助動詞も生まれていて、「う」は四段活用動詞、形容詞、形容動詞、助動詞「ます」「です」「た」「だ」など活用語の未然形に接続し、「よう」は、四段動詞以外の動詞の未然形に接続する。
此(この)ふゆや紙衣(かみこ)着よふとおもひけり 蕪村
湯豆腐や死後に誉められようと思ふ 藤田 湘子
蕪村の句の「よふ」は「よう」とあるべきところだが、この時代には「う」を「ふ」、「よう」を「よふ」とする例は多い。しかし歴史的仮名遣いでは「う」「よう」である。
新しいカバンを買おふ初桜
ある句会でこんな句を見かけた。これは口語俳句だが、この作者は「買おふ」とわざわざ「ふ」の字を使ったように、歴史的仮名遣いで書こうとしているようだ。しかしこの「ふ」は「う」が正しい。現代仮名遣いの五段活用動詞「買う」は歴史的仮名遣いではハ行四段活用「買ふ」。その違いを較べてみよう。
現代仮名遣い
買う
アワ行
五段活用未然 連用 終止 連体 仮定 命令 わ
おい う う え え 歴史的仮名遣い
買ふ
ハ行
四段活用未然 連用 終止 連体 已然 命令 は ひ ふ ふ へ へ 表にあるように歴史的仮名遣いの未然形は「買お」ではなく「買は」である。従って
新しいカバンを買はう初桜
というのが正しい歴史的仮名遣いの表記である。
四段動詞から「む」に繋がるのは、例えば「書く」「騒ぐ」「言ふ」だと「書かむ」「騒がむ」「言はむ」となるのだが、これは自然にできる。しかし「う」に繋げるのは、「書かう」「騒がう」「言はう」と何か不自然な感じがつきまとう。発音と綴りがちがってくるからだろうが間違えないようにしたいものだ。また四段活用以外の動詞からつながる「よう」をわざわざ「やう」と書いて間違えている句にも時々出会う。気をつけたいものだ。
◆直喩の助動詞「やうなり」 ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに 森 澄雄
お中元おなじやうなる句集来る 加藤 郁乎
これらの句の「やう」は直喩の助動詞「やうなり」の活用した形で、漢字で書けば「様」。推量の助動詞「よう」とは仮名遣いがちがうことに注意したい。
(『玉藻・四季物語』誌、2005年12月1日号所載)
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