<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(12)
西川 阿舟
◆カ変、サ変から助動詞「き」(「し」)への接続 過去の助動詞「き」の問題については「言葉つれづれ(7)」(05『夏物語』)で述べた。ここでは「き」の接続に関して書く。
未然 連用 終止 連体 已然 命令 助動詞
き
せ
○
き
し
しか
○
過去の助動詞「き」は活用語の連用形に付くが、カ行変格活用動詞(「来(く)」)とサ行変格活用動詞(「為(す)」「…す」「…ず」)に付く場合に限り、例外的な接続となる。
カ変動詞からの接続は「来(き)し」「来(こ)し」「来(き)しか」「来(こ)しか」という形となり、「来(き)き」「来(こ)き」という接続はない。
(例)松過の仲見世通り抜けて来し (カ変)
初明り高ぶりて来し吾が心 (カ変)
サ変動詞から、「き」の連体形「し」と已然形「しか」に接続するときは、例外的に未然形から接続して「せし」「せしか」となり、終止形「き」への接続は「しき」となる。
(例)懸念せし大雪予報晴れて来し (サ変)
会釈せしマスクの人に振返る (サ変)
さて、助動詞「き」へのサ行四段活用、サ行下二段活用からの接続は連用形からとなる。
(例)虚子指しし古処三山も春霞 (サ四)
豪雪に無為に過せし一と日かな (×サ四→過しし)
もたらせし戌の俳画も風邪見舞 (×サ四→もたらしし)
柿すだれ閉ざせし窓に影うつす (×サ四→閉ざしし)
どの雲のこぼせしものや風花す (×サ四→こぼしし)
盆梅の蕾ふくらむ彩見せし (サ下二)
伽羅の香をかすかにのせし隙間風(サ下二)
去年失せし翠の指輪雛壇に (サ下二)
これらの例句は『玉藻』投句欄からの引用だが、サ行四段活用の場合に限って誤用例が現れる。サ変動詞やサ下二動詞の「…せし」に引かれて「過せし」「もたらせし」等となるのだろう。本来は括弧内矢印(→)の先にあるように「過しし」「もたらしし」等である。
しかしこれを誤用というのは酷かもしれない。この形は俳句に限らす近世以降多く見られるようになったもので、文部省は明治38年「文法上許容スベキ事項」でサ行四段動詞を「…せし」の形で用いても差し支えないとしている。
敗れたりきのふ残せしビール飲む 山口 青邨(サ四)
これも本来「残しし」となるべきところだが明治政府に許容された形になっている。
最後に先人達のカ変、サ変から助動詞「き」につながる名句を。
歩み来(き)し人麦踏をはじめけり 高野 素十(カ変)
夕焼消え真紅の薔薇を抱き来(き)し 野見山朱鳥(カ変)
来(こ)し方の藤美しきこと告げよ 阿波野青畝(カ変)
湯浴みせしあとが大事や梅日和 水原秋桜子(サ変)
遠き家のまた掛け足しし大根かな 松本たかし(サ四)
青梅を落としし後も屋根にゐる 相生垣瓜人(サ四)
深峡や旗じるしせし鮎の宿 山口 誓子(サ変)
道の辺に陽の葉鶏頭妻うせし 森 澄雄(サ下二)
新涼や旅に愛せし小鉛筆 能村登四郎(サ変)
未然 連用 終止 連体 已然 命令 サ四段
指す
さ
し
す
す
せ
せ
サ下二
見す
せ
せ
す
する
すれ
せよ
さ変
懸念す
せ
し
す
する
すれ
せよ
(『玉藻・四季物語』誌、2006年8月25日号所載)
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