<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(15)
西川 阿舟
◆推量の助動詞「らむ」「む」など 友人Y君は最近、俳句表現の幅を広げるべく、意欲的に助動詞や助詞を使うようになった。その中から助動詞「らむ」を使った句を二つ。
六義園江戸の紅葉の散るらんか……A
かりそめの恋となるらん春浅き………B
助動詞「らむ(らん)」は、現実推量の助動詞といわれ、不確定な事態について、主観的にそのような事態の存在を推量するのが基本的な働きである。接続は動詞の終止形(ラ変動詞は連体形)から。
Aの句は「六義園で今目の前に見えるのは、江戸の紅葉が散っている様子であろうか」という意味で「らむ」の使い方に問題はない。
しかしBの句は「この恋はかりそめの恋になってしまうのだろうか」と未来について推量しているので、「らむ」の使い方は適切ではない。未来推量の助動詞「む(ん)」を使って
かりそめの恋とやならん春浅き
〔なら(未然形)・ん(終止形)〕
かりそめの恋となりなん春浅き
〔なり(連用形)・な(助動詞「ぬ」未然形)・ん(終止形)〕
などとなれば問題はない。
万葉集の次の有名な歌には、「らむ」と「む」が両方使われていて、現在推量と未来推量(意志)がきちんと使い分けられている。
憶良らは今は罷(まか)らむ子泣くらむ
それその母も我を待つらむぞ 山上 憶良
なお過去推量の助動詞は「けむ」である。そのほか推量の助動詞としては「らし」「めり」「べし」「まし」があり、打消推量として「じ」「まじ」がある。
父母の夜長くおはし給ふらん 高浜 虚子
梅筵来世かならず子を産まむ 岡本 眸
幾人(いくたり)をこの火鉢より送りけむ 加藤 楸邨
くちづけや月明に雪積もるらし 中西 夕紀
凍鶴は夜天に堪へず啼くなめり 山口 誓子
花あれば西行の日と思ふべし 角川 源義
生れ代るも物憂からましわすれ草 夏目 漱石
浮雲の金(こん)あかね春遠からじ 森 澄雄
いふまじき言葉を胸に端居かな 星野 立子
◆終助詞「ばや」 Y君はまた終助詞「ばや」も使って作句している。
夕蛙鳴いてみばやと思ふのみ……C
終助詞「ばや」は動詞の未然形について、行動や状態の実現を願う、自己の願望を表す。
その点この句は解りにくい。「自分も夕蛙のように鳴いてみたい」ということなのか、「鳴いている夕蛙を見たいと思うのみ」なのか。「ばや」が適切に使われていないから解りにくいのだ。
夕蛙鳴かせばやいま日の暮れぬ
これならば「日の暮れた今、夕蛙を鳴かせたいものだ」となり、句意はことなるが「ばや」の使い方は適切である。
一時を庭の桜にすごさばや 高濱 虚子
この国を捨てばやとおもふ更衣 安藤 次男
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