<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(19)
西川 阿舟
◆ナ行変格活用「去(い)ぬ」「死ぬ」の四段活用化 ほとんどの歳時記に「去ぬ燕」が「燕帰る」の傍題として掲載されているのに奇異な感じを抱いた。「去ぬ」はナ行変格活用(ナ変)の動詞であり、連体形は「去ぬる」だ。だから「去ぬ燕」ではなく「去ぬる燕」のはずなのにこれはどういうことだと思ったのだ。『角川俳句大歳時記』には次の例句もある。
去ぬ燕ならん幾度も水に触る 細見 綾子(四段連体)
「去ぬ」は関西地方では四段活用化して今も日常口語として使われているが、『日本国語大事典』(小学館)には四段活用の「去ぬ」は〈ナ変から転じて、近世中期頃から使われた〉とある。
花に去ぬ雁の足跡よめかぬる 蕪 村(四段連体)
この蕪村も四段活用の「去ぬ」だ。
いねいねと人にいはれつ年の暮 路 通(命令)
田草取蛇うちすゑて去にゝけり 村上 鬼城(連用)
これらの句の「去ぬ」はナ変とも四段とも判別がつかない。ナ変の「去ぬ」とはっきりわかる句はないものかと、探してみたがなかなか見つからない。諦めかけていたとき『俳句』四月号に次の句をみつけた。
夕しぐれ我ら去ぬれば樹を呼ぶ樹 池田 澄子(ナ変已然)
「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」などの口語俳句の名手が何とナ変の「去ぬ」を使っていた。
ナ変動詞にはもう一つ「死ぬ」がある。
『日本国語大事典』には「死ぬ」は〈室町時代頃から四段活用への変化が見られ〉、また〈一方では近代に至るまでナ行変格活用もみられ〉とあり、「セガンチニの死ぬるところが書いてある」と森鴎外の『青年』の用例も出ている。
華の夜を見すまして死ぬ仏かな 一 茶(四段連体)
母死ねば今着給へる冬着欲し 永田 耕衣(四段已然)
日空しくながれ流れて河死ねり 高屋 窓秋(四段命令)
これらは四段化した「死ぬ」の例である。
しかし「去ぬ」とはちがってナ変の「死ぬ」を使った句は数多く見受けられる。
死ぬること風邪を引いてもいふ女 高濱 虚子(ナ変連体)
夏雲むるるこの峡中に死ぬるかな 飯田 蛇笏(ナ変連体)
念力のゆるめば死ぬる大暑かな 村上 鬼城(ナ変連体)
◆上二段「恋ふ」の四段化 「妻をめとらば才たけて…」という与謝野鉄幹の有名な詩は「人を恋ふる歌」であって「人を恋ふ歌」ではない。しかし上二段活用の「恋ふ」も室町期以降四段にも活用するようになったという。
川水を恋ふとはあはれ螢烏賊 高野 素十(四段連体)
夫恋へば吾に死ねよと青葉木菟 橋本多佳子(四段已然)
野菊やゝ飽きて真紅の花恋へり 杉田 久女(四段命令)
これらは四段活用になっている。
恋ふるゆゑ紫苑の丈を妻の墓 森 澄雄(上二連体)
袷着て母より父を恋ふるかな 安住 敦(上二連体)
これらは本来の上二段活用である。
こうしてみてくると、本来の活用形を生かして作った句の方が総じて格調高く感じられる。
基本型 未然 連用 終止 連体 已然 命令 ナ変
去ぬ
な
に
ぬ
ぬる
ぬれ
ね
四段
去ぬ
な
に
ぬ
ぬ
ね
ね
上二
恋ふ
ひ
ひ
ふ
ふる
ふれ
ひよ
(『玉藻・四季物語』誌、2008年5月25日刊所載)
【編者追記】本誌別頁に掲載された阿舟の句
前号「あなたも選者!」読者選の結果
<地>海苔舟は今も手漕ぎの夫婦舟 西川 阿舟
【関連頁】
(表紙へ戻る)