<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(22)
西川 阿舟
◆「久方の」は枕詞だ ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづこころ)なく花の散るらむ
紀友則『古今和歌集』
『小倉百人一首』にも入っているこの歌の、「ひさかたの(久方の)」は「天」「空」「月」「日」「昼」「雨」「雪」「雲」「星」「光」「夜」「桂」「都」「鏡」などにかかる《枕詞》である。《枕詞》とは、和歌などに用いられた修辞法の一つで、特定の語にかかって修飾または語調を整えるのに用いることばである。
《枕詞》には他に次のようなものがある。
あかねさす(日、月、紫、照るなどにかかる)、あしびきの(山、峰、岩、野、嵐などに)、うつせみの(命、世、人、身などに)、たらちねの(母、親に)、くさまくら(旅、夕、結ぶ、露などに)、ちちのみの(父に)、くろかみの(乱れ、解くに)、しらつゆの(置く、消〈け〉、たまに)、ゆふづくよ(小倉、小暗、入る、暁闇〈あかときやみ〉に)、しろたへの(衣、袖、袂、紐、雪などに)、わかくさの(妻、新〈にひ〉、若に)、ぬばたまの(黒、夜、暗さ、夢、寝などにかかる)等々。
「久方の」は俳句でも使われている。
久方の光りが霜に帰り花 松瀬青々
久方の空いろの毛糸編んでをり 久保田万太郎
しかしながら、時々句会や俳誌で妙な句に出会う。
A 久方の祖と語り合ふ墓参かな
B 久方のふるさとにある麦畑
これらの句では「久方の」が《枕詞》として使われているとは思えない。どうやら「久方ぶりの」とか「久しぶりの」という意味で使われているように思える。
C 久方に娘とのドライブ風薫る
この句にいたっては「久方ぶりに」の〈ぶり〉を省略して「久方に」となってしまったことが明らかにでている。
久方ぶりを表したければ、「久方ぶりの」「久しぶりの」と言えばいいし、それでは字余りだというのならば「久々の」を使えばいい。ABの句は「久々の」、Cは「久々に」に置き換えればよい。
「久々の」を使った先人の句を。
ひさびさに糸ひく蕗を食べにけり 山口誓子
久々に家を出づれば春の泥 高濱虚子
◆「久に」は「久しぶりに」ではない
D 久に会ふ姉妹四人の墓参かな
E 久に着る祖母の遺愛の秋袷
これらの「久に」もよく見かけるが、何か変だ。「久に」は「久しく」とか「永らく」という意味の副詞だが、DEの句では「久しぶりに」の意味で使われているように思える。「久に」には「久しぶりに」の意味はないから、こういう使い方は止めた方がいい。
DEの句は「久々に」を使えば簡単に言い換えられる。
D 久々に姉妹四人の墓参かな
E 久々に祖母の遺愛の秋袷
「久々に」は五音、「久しぶりに」は六音、「久方ぶりに」だと七音になるが、だからといって三音の「久に」で代用することはできない。
F 秋日差し墓誌読むことの久しかり
この句の「久し」も「久しぶり」の意味で使われているようだが、「久し」は「時が長く経過している」とか「行末が長い」ことを意味するのであって、訳のわからない俳句になっている(「久しかり」の〈カリ止め〉についてはここでは言及しない)。
「久し」は次のように正しく使われねばならない。
いたつきも久しくなりぬ袖は黄 夏目漱石
生きて久しや東京の雪は牡丹雪 高柳重信
(『玉藻・四季物語』誌、2009年2月25日刊所載)
【追 記】本誌別頁に掲載された阿舟の句
鬼の高士の添削道場
◇先ず特選句の講評から
森伊織一本あきぬ去年今年 阿舟
「まぼろし」ともいわれ、偽物も出回ったという焼酎の銘酒森伊織が、年をまたいで一本空いてしまった。何人で飲んだのか知りませんが、これも景気のいい句です。
◇いよいよ添削道場の開始です
◆やり過ぎ、オーバーな表現
初日の出多摩川畔(たまかはん)もう走る人 阿舟
できてはいますが、「もう」がどうでしょうか。あまり強調する必要もないでしょう。
初日の出多摩川の土手走る人
でいいでしょう。
健康のページ<夢>
久々に空を飛ぶ夢ハンモック 阿舟
第九回プリンスホテル新年初句会
乗初の多摩モノレールよりの富士 阿舟
【関連頁】
(表紙へ戻る)