
<『花月記』番外篇>
言葉つれづれ(23)
西川 阿舟
◆二段活用動詞連体形の〈ル〉の脱落 句会や雑誌などで俳句を見ていて、最も多く見受けられる文法的な間違いは、二段動詞の連体形の〈ル〉の脱落だといっていいだろう。このことは前にも書いたがもう一度言っておきたい。
A 老ゆほどに母に似てくる初鏡
B 祇園へと流る白川柳の芽
C 一枚に凪ぐ一湾や鳥帰る
これらの句の太字の動詞はその下の名詞「ほど」「白川」「一湾」を修飾する連体形のはずだから、「老ゆる」「流るる」「凪ぐる」とならねばならない。二段活用の動詞の連体形から〈ル〉が脱落する間違いは、初学者から相当なベテラン俳人に至るまでよく見受けられる。
しかし何故この間違いが頻発するのだろうか。下の活用表を見ていただきたい。口語体ならば「流る」は「流れる」、「凪ぐ」は「凪ぎる」であって、終止形と連体形は同じだから間違うことはない。
文語体の場合、自動詞四段活用の「立つ」は終止形と連体形が同じ「立つ」だが、下二段活用の「流る」だと、終止形が「流る」、連体形が「流るる」と形が違ってくる。上二段活用の「凪ぐ」でも終止形は「凪ぐ」、連体形は「凪ぐる」と形が違う。そこのところを間違えないようにしなければならない。
動詞の活用の型を判別するには、〈ズ〉につながる未然形を見てみればよい。四段活用だと「立たズ」とア段になるが、下二段活用は「流れズ」とエ段、上二段活用は「凪ぎズ」とイ段になる。未然形がエ段になるのは下二段、イ段になるのは上二段と覚えればいい。
◆自動詞と他動詞 D 雲の嶺立つる頂遙かなり
E 芽柳や橋のたもとに画架立てり
Dの句は〈ル〉の脱落もなく一見問題はなさそうだが、よくみてみよう。傍線部「立つる」は下二段活用他動詞「立つ」の連体形だから、「雲の嶺を立てている頂」つまり「雲の峰を立てたのは頂であってその頂が遥かだ」ということになる。この句の作者はそう言いたかったのだろうか。「雲の嶺が立っている頂」と言いたいのであれば、「雲の嶺立つ頂の」〈四段自動詞「立つ」の連体形立つ〉や「雲の嶺立てる頂」〈四段自動詞「立つ」の命令形立て+助動詞「り」の連体形る〉とすればよい。
Eの句は逆に「橋のたもとに画架が立っている」という意味となる。「橋のたもとに画架を立てた」と言いたければ、「画架立つる」「画架を立て」などとした方がいい。
このように自動詞と他動詞とで活用が違ってくる「立つ」のような動詞についても注意が必要だ。
口語体
基本形
未然
連用
終止
連体
仮定
命令
流れる
下一段
れ
れ
れる
れる
れれ
れろ
凪ぎる
上一段
ぎ
ぎ
ぎる
ぎる
ぎれ
ぎろ
文語体
基本形
未然
連用
終止
連体
已然
命令
流る
下二段
れ
れ
る
るる
るれ
れよ
凪ぐ
上二段
ぎ
ぎ
ぐ
ぐる
ぐれ
ぎよ
立つ
自四段
た
ち
つ
つ
て
て
立つ
他下二段
て
て
つ
つる
つれ
てよ
(『玉藻・四季物語』誌、2009年5月25日刊所載)
【追 記】本誌別頁に掲載された阿舟の句
鬼の高士の添削道場
◇先ず特選句の講評から
三月や三句刻みて句碑新た 阿舟
芝東照宮に出来た私(星野高士)の句碑のことを詠んだ句はたくさんありましたが、「三月や三句刻みて」と「三」の字を重ねたこの句を特選にしました。
◇いよいよ添削道場の開始です
◆季節の本意・本情
憂へ晴れぬまゝに三月尽きんとす 阿舟
三月が尽きてしまうのはどうでしょうかね。「弥生尽」「三月尽」という季語は旧暦で春から夏への季節の変わり目をいうんですが、今回の兼題「三月」は新暦の三月なんで、「三月尽きんとす」は具合が悪いですね。
憂へ晴れぬまゝに三月半ば過ぎ
この方がまだ期待感があっていいでしょう。
◆俳句に理屈はいらない
春の海穏やかに見え汐迅し 阿舟
春の海は穏やかに見えるけど汐は速いよ、というのは理屈ですね。俳句では理屈は言いたくない。
春の海穏やかに見え隠れして汐迅し
でいいでしょう。春の海を遠望している感じです。
【関連頁】
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