
<北海道>
此の辺りの植物 ![]()
私の北海道での生活は三年と四ケ月を少し過ぎただけである。したがって若い皆さんの誰よりも北海道の事は知らないことになる。その中でいくらか皆さんよりも北海道の物事に付いて知っていることが何かあるだろうかと考えてみた。そうだ、ないことはない。北海道の植物についてである。
私が初めて北海道に着いた三年前の夏、千歳の飛行場の滑走路の両側は一面に真黄色な花で埋められていた。あまり見事なので飛行場の人に「あの花は何でしょう」と聞いてみた。しかし、誰もその花の名を知らなかった。一年経って石狩の浜を訪ねた時、やはり同じ黄色の花が道路の傍らに一面に咲いているのを見付けた。その何本かを採集して帰り、札幌の植物園に行って、名を調べてもらった。
タンポポモドキと言うのだそうである。タンポポによく似ているが、少し違うということで名が付けられたものらしい。その後岩内でも泊でも此の花が夏の頃たくさん咲くのを知った。タンポポとの違いは、花の茎が枝別れしている点である。
タンポポについて言えば、私の少年の頃、此の花は何処にでもあった。極めて普通の花だったのである。ところがこの頃では、私の住んでいた九州の福岡辺では最早あまり見かけない珍しい花になっていた。広い福岡のあちこちを探してみたが、此の花は大濛公園という池を囲んだ公園の、あまり人の通らぬ一隅で見付けただけだった。それを考えると岩内の町で至るところにタンポポの花が咲くのは驚異に値する。しかも、その花の大きさ、色の美しさ、輝くような黄金色の素晴らしいこと、人々が雑草扱いにして片端から掘り捨てるのを見ると本当に勿体ないと思う。
タンポポモドキ北海道を特徴付ける植物は沢山あると思うが、岩内の町の内外至る所に繁茂しているオオイタドリもその一つだ。春、草が青み始める頃、草の間から濃い赤い色の巻葉が顔を出す。この巻葉は次第に伸びて、赤い色が余り目立たぬようになり、強力な緑色の茎と葉が急速にたくましく伸び始める。そして僅かの間に人の背も越える高さになる。茎の先端には常に角のような形の新葉が突き立っている。夏日、白い花が群れて咲くがあまり人の目を惹くものとは言えない。しかしそれなりの趣がある。秋の黄葉に引き続いて、冬雪が降り始めると、枯れたオオイタドリの茎が雪の中にいくつも突き立っているのがもの淋しい。
オオイタドリオオハンゴンソウも雪の中からいつまでも枯れた茎を見せている植物である。この茎には先端に指の先程の褐色の実が残っていて可愛らしい。八月初めに咲き始めるこの植物の花は黄色で菊によく似ているが、花片が下の方に反り返っているのが特徴である。ハンゴンという名を漢字で書くと『反魂』であるが、死者の魂を呼び返すといういわれでもあるのであろうか。
ハンゴンソウの咲き始めるよりも一ケ月程早く、雷電、泊、神恵内などの海岸の高い険しい崖の斜面を、一面に覆って咲く葉なの大群がある。一つ一つの花は極めて小さいが、遠くから見ると、僅かに淡紅色を帯びた綿の塊の様に見える。いかにも優雅な花だが、名はいかめしくてオニシモツケと言う。この花の群れに混じって、一際高く抜け出て真白な花を傘状に付けているのはオオハナウドである。その間に所々に橙黄色の百合に似た花が咲いているのはエゾカンゾウだ。エゾカンゾウに少し遅れてスカシユリの真紅な花も咲き始める。百合の仲間はいずれも花の咲く期間が短い。
ハンゴンソウ最後に北海道だけにある花ではないが、ウメバチソウの事を書いておこう。九州にいる時にも、一寸人里を離れた丘の上などで、北側のあまり陽の当たらぬ場所で、一茎に唯一つ、梅の花に似た真白な花を付け、茎の中ほどに独特のハート型の薄緑色の葉をつけたこの植物を見付けたことがあった。今年の秋、養成所の皆さんが神仙沼に遠足で行った時、帰って来た生徒の一人が、白い梅の花のような花が咲いていましたと告げてくれた。私には何の花か見当がつかなかったが、花期の過ぎない内に是非見ておきたいと思って、数日後、神仙沼に行ってみた。
見渡したところ一向にそれらしいものが見つからない。もう花が過ぎてしまったのかと思いながら、湿原を一周したところ、湿原の一隅の少し水が深くなった所で、水の面に顔を出して、その花が一面に咲いているのを発見した。もう花弁が散ってしまったのが多くて、初めの内、花の正体がよく分からなかったが、その内に、白い花弁を付けた一群の集まっている所があった。
一つ摘んで花を調べ、次に特徴のある葉の付いているのを見出だし、ウメバチソウだと分かった。九州での経験で、乾いた丘の影に咲くこの植物を知っていた私は、深い山の間の冷たい水の中でこの植物が咲いているのを見て、如何にも不思議な気がした。しかし、帰宅してから植物図鑑で此の植物の学名を調べてなるほどと思った。この花は学名をパルナシア・パルストリスと言うのだが、このパルストリスという言葉はラテン語で『沼地を好む』という意味である。
(西川 修、岩内協会病院看護婦養成所13回生卒業記念誌,1976年)
ウメバチソウ(Parnassia palustris・L)
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