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<『花月記』番外篇>

夜 来 香

 ここ数日来、日が暮れると夜来香が咲いて、深夜には上品な香りが家中を満たす。朝になっても、まだそこいらに残り香がただよっているほどである。

 この鉢植えは昭和48年、藤村益蔵伯父から貰ったもので、今日まで30年間、毎年2回ずつ、なぜか夏と秋という偏ったサイクルで清楚な香りをきかせてくれている。伯父の実家に訊いたら、同じ株だから当然ではあるが、やはりこの2〜3日、花が咲いているという。30年たった今もクローンには変わりがないのである。

 この鉢植えについてきたのが「夜来香説明書」という茶封筒で、表書きは伯父の手である。中には次のような文書が入っている。小田安馬という人の署名入りで、伯父宛の書簡を和文タイプで写したものであろう。漢字の多い、句読点の少ない文章だが、そのあたりを加減して書き写すとつぎのようになる。

夜来香(ナイトジャスミン Night-Gasmine)

1958年8月 小田安馬

 約30年前、北京で中国の高官から一鉢の植木を示され「これは大変面白い植物で、中国では古来、貴族間に珍重されたもので、晩になればよい香を放つ」と説明を聞いたことがございました。

 爾来、中国の官吏や商人等の友人を通じ、その入手に努力しましたが、ついに失敗に終わりました。幸い一昨年、仏国に留学した一考古学者がこれを所有しておらるることを知り、特に願って割愛していただいたものでございます。

 さてジャスミンについては、1919年シカゴで印刷された「シーノー・イラニカ」という書物に少しく書いてあります。これによると、ジャスミンとはペルシヤ方面で発見されたものを恵帝(西暦290〜309年)の頃、胡人が西方の国から海を越えて南海に持来し移植したものと記され、また一説にはギリシア方面から中国に輸入したとも謂われておると書いてあります。そして今日では西欧、米国方面でもよく知られております。

 ジャスミンは鉢や小樽に土を入れ、これに植え、小量の油粕の粉を与え、朝夕十二分に水を与え、日光のあたるところにおいて頂けばよく育ちます。

 早いものは7月頃から花が咲き始めます。ただし夕方7時頃から香を放ちはじめ、8時頃には強い香を放ち、早朝まで続きます。冬季は屋内の日光のあたるところに置き、水を与えて頂けば、春になってまた若芽が出て花が咲きます。余りに枝が長く伸びましたら、秋にこれを刈り込んでも春になったらまた若芽が出てまいります。

 このような小田氏の文章のあとの添え書きに「私は友人小田安馬君から一鉢を割愛してもらい、今春これを分株しましたので贈呈致します。昭和48年10月22日 藤村益蔵」とある。小田氏の本文から15年後の日付だから、この間に伯父は夜来香をいくつも株分けして上の書簡の写しと共に多くの知人に贈ったにちがいない。

 この文書は、昔の青焼きリコピーで、紙は茶色く変わり、文字は薄れて、だんだん読めなくなってきた。ここに書き写した次第である。


伯父上から29年前に贈られた夜来香

 さて、上の文書と共に、もう一つしまいこんであったのが1985年9月の「天声人語」(朝日新聞)の切り抜きである。これには本物の夜来香はガガイモ科に属する蔓性の植物で、東京の神代植物公園に存在するが、ヒガンバナ科の月下香を夜来香と間違える人が多いと書いてある。

 たしかに、わが家の夜来香は蔓性ではない。しかも本物は昼間から香りを発するらしい。といって月下香とも思われない。というのは、インターネットで調べてみると、月下香(チュベローズ)は球根植物で毎年開花させるのは難しいとある。わが家のそれは球根ではない。

 どちらでもないとすれば何か。もっと見て行くと、ナス科の「夜香木」という植物が見つかった。「西インド諸島原産で日本には明治初期に渡来。夜になると小さな花が一斉に開き芳香を放つ」とある。なんだか、この説明に近いような気もするし、どこか違うようにも思われる。

 ともあれ、私にとっては、30年前に益蔵伯父からいただいたものこそ、本物の夜来香(イェライシャン)である。

(西川渉、2002.12.2)


わが家からも、何人かの友人へ送り出した

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