
<一月一日>
年賀状に添えて
年の初めの ためしとて
終りなき世の めでたさを
松竹立てて 門ごとに
祝う今日こそ 楽しけれ
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謹 賀 新 年 固い山土になじみにくかった木犀やうめもどきがどうやら花を見せ、実を付けるようになったこの頃、林の中の新居と誇った此処宗像の家も些か古びてまいりました。
当時は右も左も縦横に削られた剥き出しの土の肌で中東あたりの都城の廃墟もかくと、蒼古の思いを抱いたものでしたが、住宅が建ち並んだ今は、あたりの風物も全く小市民的となり、子供の声ばかり喧しく、かつての疎林の間に瑞々しい紫色の実を見せた「むらさきしきぶ」、海の色に似た龍朦、日陰に咲いた梅鉢草の清麗、名も姿も滑稽な「たぬきまめ」など最早見る由もありません。
周辺の変貌は年毎にはげしく、目の下の池を隔てて眺められた丘の緑も一面の宅地に変わり、冬至の夜明けの日のではあの辺と見当をつけていた丘の稜線がいつか形を変えて長大な石階がその頂上に届いています。
こうなって見ると人間の造った物の壮大さに今更に目を見はるこの頃です。
これは今年の年頭の賀状です。皆さんおめでとう。ところでこの賀状の草稿を作って印刷所に渡して後、暖かい日曜日にこの文中にある長大な石階の所に行ってみました。何のための高い石段か確かめておかないと賀状を送る皆さんに申し訳ない気がしたからです。
私の家から此処までは五百米程ですが、近づいて見ると此の東側の丘の稜線は意外に低く、従って石段もそんなに素晴らしいものではありませんでした。丁度此の石段の下に又新しい道路を作る工事中で、通行禁止になっています。しかし、折角来たのだから何とかしてこの石段の上の様子を見たいものだと思って周囲を見回すと、左手の方にかなり離れた所ですが斜めに丘の上に登る道があります。とにかく行ってみようと思って、二三日前の雨でぬかるむ坂道を用心しながら行くと、やがて両側が赤土の肌を剥き出しにした切り通しになりました。
若い頃切り通しの絵ばかり好んで描いた画家の話を聞いたことがありますが、私も切り通しは大好きです。荒々しい岩にはさまれた細い道を通り抜けて向こうに出ると、今までとは全く違った景色が忽然と現れる。その驚きと喜びがあるからです。
この時もそうでした。碁盤目の様に並んだ造成宅地の幾何模様と、新しく立った安手の家の色とりどりの屋根が、目のした一面を埋めていたのに、この切り通しを抜けると向こうは思いがけない雑木林、それが深い谷になって遠く続いています。その向こうは重なりあった山で人家もなく、人の姿もありません。静かですが繁り合った樹の間から小鳥の鳴き交わす声が聞こえ、時折はバサバサと羽音を立て、何か大きな鳥の影が枝と枝の間を縫うのが見えます。
私の家の窓からいつも眺める一本松は、割りに近いもう一つの丘の上に立っていました。いつもそのすぐ近くに見える尖った山の頂きは此処で見ると遥か遠くの山なのです。暫く立っていると谷の向こうから風の音が聞こえ、やがて丘の樹々を揺るがせて通り過ぎて行きます。すぐ背後には、二千人余りの人が住む街があるというのに、此処から見えるものは山と木と空と初冬の雲だけです。別の世界に迷い込んだような寂しさ、しかし懐かしい嬉しい気持ちでした。
住宅地の開発が進んで自然の美しさが年毎に遠くに追いやられて行くのを淋しく思っていたのですが、まだまだ意外に近い所にこんな所が残っていました。多分この丘の秘境はこれから四季折々の私の散歩道になるでしょう。
(西川修、勝山新聞、1970年)
【編集子追補】
上の文中に出てくる植物の写真を以下に掲載します。
ムラサキシキブ
龍朦(りんどう)
梅鉢草
タヌキマメ
うめもどき(表紙へ戻る)