

去る4月始め、大津に近い近江神宮へ久しぶりに詣でる機会があった。天智天皇をお祭りした社である。案内書によると、天智帝は「都を飛鳥からここ大津に遷された。即位と同時に近江令を発布され、都に大学、地方に国学を興して国民教育の道を開かれ、漏刻(ろうこく:水時計)をおつくりになるなど、政治経済の改革、学芸文化の発展に寄与するところ大きく、わが国中興の祖とたたえられる」とのこと。
これにより、神社では毎年6月10日(時の記念日)に「漏刻祭」がおこなわれ、正月にはよくテレビで放送される「全国歌かるた大会」が催される。




近江神宮は、われわれの家族にとっては特別の場所である。というのは昭和15年官幣大社として創設されてから30年ほど、母方の祖父、平田貫一が宮司を勤めていたからである。今や60年を経たせいか、昔の印象とは異なって、やや古びた感じが出てきたが、神社としては無論それでいい。
なお、上の写真は自分で撮ったものだが、句の方は出鱈目の五七五について、西川阿舟の添削を受けている。
(西川 渉、2003.7.30)
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