早春幻談(1)

催 眠 術

 

 催眠術をかけられる事は余り名誉でない様な気がする。何しろ催眠術をかける方の人は大先生で、かけられる側はその玩弄に甘んずる卑小な人間としか思えないからだ。ところで、まことにお恥ずかしい次第であるが、私は一度その催眠術にかかったことがある。

 中学の三年位の時であった。神楽坂にその当時あった寄席に気合術大実験というような興行が来た。その頃田舎から上京して私立大学に通っていた従兄達も私たちと同居していたが、その従兄や友達連中が発議してその大実験を見に行くことになった。雑魚のとと混じりという形で、中学生の私も一緒について行く。

 気合術の一行は大抵黒紋付きに袴をつけた扮装で、御承知のように金串をブスブスと腕に突き通したり、刀の刃の上をそろりそろりと渡ったり、そうかと思うと十二、三の女の子が椅子の背から背にまるで橋を架ける様に臥せた腹の上に大の男が三人も乗って、終いには足踏みまでして見せるというような奇跡を一喝の気合いの下にやって見せる。

 中でも面白いのは、自分の掌を睨み付けてエイッと気合いを掛けると、その部分の知覚がなくなって、そこに熱湯を注いでも少しも熱くない実験である。

 成るほど、大火鉢に掛けて煮えたぎる薬罐からもうもうと湯気の立つ湯を掌に掛けると、その部分の皮膚はたちまち煮えたように白く変色してしまう。しかし彼は平然としている。僕らは全く敬服してその神技に見入ったものである。所が、突如、彼は「あちち……」と叫んで飛び上がり、手を振り回した。彼は顔を赤らめたが、やがて徐ろに観客に向かって説明した。

「実は今の実験では、手の平だけに気合いがかけてあって、手の甲の方はかけてなかった。それで掌に湯を掛けるのは些かの痛痒も感じなかったのだが、たまたま掌にたまった熱湯が流れ出して、手の甲の方に伝わって行った。しかるに、手の甲は気合いを受けていない。全く普通の手なのである。だからして、先刻の如く、熱さを感じて飛び上がった次第であった。気合いの効験斯くの如し」

 その内に実験の番組は進んで、長髪を垂らした一段と偉そうな男が涼しい目に笑みを湛え、悠然と壇上に現れた。いよいよ催眠術の実験である。催眠術となると並の紋付袴氏の手に合わないのであろう。

 彼は一通り催眠術なるものの説明をして聞かせた後、一巡、場内を埋める観衆を見回したが、思いも掛けず私に向かって「坊ちゃん、一寸ここに上がって下さい」と言った。よりによって、私を実験材料にする魂胆らしい。まことに好ましからぬ状況である。しかし多数の観衆は彼の妙術を見んものと固唾を飲んで待っているのである。無下に断るのも皆さんに悪かろう。私は一瞬の間にこう思い直して壇上に登った。

 彼の偉丈夫は私と、私の他にもう一人選定した私より小さい男の子とを並べて、観客の方に向かって座らせた。そして「一寸目をつぶって下さい」と言う。私は心中警戒しつつ一応目をつぶった。すると直ぐに「どうぞ目を開けて下さい」と言う。此処で目でも開かなくなっているのかと思ったから急いで開いて見たが、何の事だ、目は普通に開いて何の変哲もない。

 一体彼は何をしているのだろう。此の男に催眠術などかけられるのだろうか。それとも科学の使徒である頭脳明晰な此の中学生に対しては術の施しようがないのではあるまいか。などと多少彼の腕前に疑問を抱いた時、今度は彼が私の手を静かにとって頭の上に乗せた。そして、いと穏やかに「坊ちゃん、一寸その手を下ろして見て下さい。頭から離れませんから……」と言うのである。

 私は心中これはいかんと思った。彼のためにそう思ったのである。何となれば、私の頭にも腕にも何の変化もないではないか。いわんや、私の精神は清明で些かの曇りもない。催眠術は私の上に何等の働き掛けもしていないのである。此の偉丈夫は明らかに失敗したのである。私は彼に対する幾分の同情と、多少の抗議めいた気持ちで、「駄目じゃありませんか、そんなことでは……」と心の中に呟きながら頭上の手を下ろそうとした途端、私は驚いた。どうしても頭にくっついた手が離れないのである。二、三度私は腕に力を込めて引き離そうとしたが無駄であった。

 偉丈夫はケラケラと会心の笑みを浮かべて私の傍に近寄り頭の手を取って下に降ろしてくれた。何でもなく手は下りるのである。満場の喝采!、イヤハヤである。

 田舎から来た従兄達や、その友人は、常日頃小生意気に科学科学と口にするこの都会の中学生が、気合術の前に脆くも屈したのが余程痛快であったようだ。当座暫くはこれが彼等の話題となったことである。

(南斗星、『大塚薬報』1956年所載)

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